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2018年9月25日 (火)

通り過ぎた女の子(1) 2人のカリオカ

最近ラテン系を聴き続けていたせいか

Astrud Gilberto & Stan Getz ◊ The Girl From Ipanema ◊ 1964

「イパネマの娘」をおすすめされた。視聴してみると非常に聞き覚えのある歌声がして、知っていたこのボサノヴァが多分アストラッド・ジルベルトのものだったらしい事を知る。この曲の周辺を調べてみるといろいろ面白かった。

 

 

ははははははさ

50年代にリオデジャネイロの若いミュージシャン達によって生み出されたボサノヴァが広く知られる契機となった「イパネマの娘」であるが、そこには2人のカリオカ(リオっ子)の女性の姿があった。1人はもちろん歌ったアストラッド・ジルベルトである。

 


Astrud Gilberto & Stan Getz ◊ The Girl From Ipanema ◊ 1964

1964年、アストラッドが初めてアメリカのTVに現れたシーン

Astrud

アストラッド

Gets

…とスタン・ゲッツ

終始淡々と歌う。が、クールな感じが曲調にはマッチしていて、スタン・ゲッツが少々暑苦しく感じるくらいだ。アストラッドは「イパネマの娘」を歌うまで、特に音楽はやっていない。素人のアストラッドがどうして歌うことになったのかと言えば、夫のジョアン・ジルベルト(ブラジルのギタリスト、歌手でボサノヴァの創始者の1人である)がスタン・ゲッツとアルバム “Getz/Gilberto” をレコーディングした際に付いて行ったから、らしい。

 

別のバージョン

 

Astrud2

アストラッドがいないぞー(棒

Gets2

「うんうん」とうなずくようなスタン・ゲッツ

しかしスタン・ゲッツは “Getz/Gilberto” のレコーディングの際、アストラッドにはギャラを払うべきではないと主張したそうである。まあ、その時点ではアストラッドの歌が大ヒットするとは思っていなかったのであろうから、素人にギャラを払う必要はないと考えたのだろうか。

 

 

アルバムのバージョンでは夫ジョアンがポルトガル語で歌った後、アストラッドが英語で歌っている。


Stan Getz & Joao Gilberto - The Girl From Ipanema

ジョアンの歌も味がある。もっとも、シングル盤を作る際にこの部分をバッサリとカットしたのも間違いではなかったような気もする。このままでは、少なくとも大ヒットとはならなかったのではないか。

Stan Getz & Joao Gilberto - Getz/Gilberto (1963) Stan Getz & Joao Gilberto - Getz/Gilberto (1963)

こちらはフルアルバム。

 

 

なお、音楽観の違いからかジョアン・ジルベルトとスタン・ゲッツはしっくりいかなかったようで、イパネマの娘 - Wikipediaの脚注に面白いエピソードが。このレコーディングには、曲を作曲したアントニオ・カルロス・ジョビン(トム・ジョビン)もピアノで参加していたが

ジョビンは二カ国語が話せるばかりに、気難しく奇行の多いジョアンと、傍若無人なゲッツとの間の調整を強いられた。ジョアンがスタジオでのゲッツの演奏と態度に腹を立て、ポルトガル語で「あの白人の馬鹿をどうにかしろ」と悪態をつくと、ポルトガル語がわからないゲッツは「どうも悪口を言われているようだ」と気付き、英語のわかるジョビンに「あいつは何を言ったんだ?」と尋ねた。青ざめたジョビンはとっさに「あなたと演奏できて光栄である、とのことです」と偽って英語通訳したが、ゲッツはなおも疑っていたという。

Wikipedia contributors. "イパネマの娘." Wikipedia. Wikipedia, 6 Jun. 2018. Web. 6 Jun. 2018.

 

 

あまり関係ない話だが、これを書くにあたりボサノヴァ – Wikipediaを参照したら、内容が少しおかしい。

1963年には、ジョアン・ジルベルトがアメリカのジャズ・サックス奏者スタン・ゲッツと共演したボサノヴァ・アルバム『ゲッツ/ジルベルト』が制作され、アメリカで大ヒット。特にこの中でジョアンの当時の妻アストラッド・ジルベルトが英語詞で歌った「イパネマの娘」は爆発的な売り上げを記録し、アメリカの大衆に「ボサノヴァ」を浸透させた。しかしこのアルバムのためにアメリカの大衆は「ボサノヴァはゲッツの創始になるもの」「ボサノヴァを代表する歌手はアストラッド」という極端な誤解をしてしははははははさまったともいう。

Wikipedia contributors. "ボサノヴァ." Wikipedia. Wikipedia, 15 Sep. 2018. Web. 15 Sep. 2018.

いったいどうしてしははははははさまったのか!?

特にこの中でジョアンの当時の妻アストラッド・るはさはせばははははぜはららはははさはさジルベルトが英語詞で歌った「イパネマの娘」は爆発的な売り上げを記録し、アメリカの大衆に「ボサノヴァ」を浸透させた。しかしこのアルバムのためにアメリカの大衆は「ボサノヴァはゲッツの創始になるもの」「ボサノヴァを代表する歌手はアストラッド」という極端な誤解をしてしははははははさまったともいう。

Wikipedia contributors. "ボサノヴァ." Wikipedia. Wikipedia, 11 Sep. 2018. Web. 11 Sep. 2018.

履歴を見ると、どうやら今月の11日に記事を編集した人が更新をミスしたようだ。

誤記以外に目立った変更がないため、意図的に改竄したようにも見える

「アストラッド・るはさはせばははははぜはららはははさはさジルベルト」についてはその後修正した人がいたが、ははははははさは見落としたらしい。もう一つ「アマチュア・ミュージシャン」というのもある。

 

 

閑話休題。さて、もう一人のカリオカは、歌のモデルとなったエロである。エロかったわけではなく(エロかったことを否定はしない)エロイーザ(Heloísa Eneida Menezes Paes Pinto, 現在のHelô Pinheiro, 1945 - )という名前の女性だ。

ジョビンや作詞をしたヴィニシウス・ヂ・モライスたちはリオデジャネイロのイパネマ海岸付近のバー「ヴェローゾ」で酒を飲むことが多かったそうなのだが、その近所に住んでいた美少女がエロであった。なんでも身長が高く、日焼けして長い髪とエメラルドグリーンの目をしていたそうだ。制服で下校したり、水着でビーチに向かったりする彼女の歩く姿にインスピレーションを得た2人の酔っぱらいは “Menina que Passa”(「通り過ぎた女の子」)をいう歌を作り始め、これは後に “Garota da Ipanema”(「イパネマの娘」)に結実する。

 

なお、モライスやジョビン(※)はかなり熱心にエロを口説いたが、恋は実らなかったようである。

※彼は自作のポエムを贈って求婚したりもしたらしいが残念ながら玉砕。…といっても、エロにはボーイフレンドがいたし、ジョビンは既婚者だったので当然の結果と言えなくもない。

 

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…というのも50年以上前の話だ。ヒロインたちのその後についても書こうと思ったが、長くなりそうなので別途。

 

 


Girl from Ipanema Tom Jobim and Joao Gilberto Reunited

後年「イパネマの娘」を演奏するトム・ジョビンとジョアン・ジルベルト。やはりポルトガル語の歌詞の方が曲に合っているような気がする。

Joao

Jobim

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