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2015年3月17日 (火)

もはや隠れてはいないが

かくれキリシタンが存続の危機との記事を読んだ。

かくれキリシタン:存続の危機 長崎・信徒発見150年 - 毎日新聞

今も「かくれキリシタン」の信仰を守り続ける人々がいることはあまり知られていない。時代の変化とともに後継者が減り、存続の危機にある。

存続の危機というか、いまだに残っているのは知らなかった。多くの人がカトリックに復帰するなかで先祖伝来の信仰を守っている人が。

カクレキリシタンが未だカトリックに復帰しない理由については、さまざまな要因が考えられているが、主なものとしては、

  1. 先祖からの伝統形態を守り続けることが正しいとする考え方。
  2. 仏教、神道を隠れ蓑として来たが、長い年月のうちに精神と生活に定着し、神仏を祀るのに矛盾を感じなくなり、カトリックへ復活することによって神仏や先祖の位牌を捨てることへの抵抗感。
  3. 先祖から受け継いだ習慣を放棄すると、罰を受けるのではないかという恐れ。

などが挙げられている
Wikipedia contributors. "隠れキリシタン." Wikipedia. Wikipedia, 4 Feb. 2015. Web. 16 Mar. 2015.

ということらしい。冒頭の記事のリンク先を見ると弘法大師の祭壇・仏壇・かくれキリシタンの祭壇が並んでいる写真があり(祭壇×3)ちょっとした衝撃を受ける。

仏教徒としての体裁を(葬式だの命日だの)整えつつ、カクレキリシタンとしてオラショ(祈り)も唱えるのだから大変だろう。

Raccooncredit: hotblack via FindCC

オラショってどんなものかと調べてみると


グレゴリオ聖歌と歌オラショの比較(Laudate Dominum vs らおだて)

オラショは1:45から。聖歌が訛ってオラショになった、というような話ではないと思う。というかお経にしか聞こえない。

こっちもやっぱりお経に聞こえる。

これを口伝で覚えるらしいから大変である。何となく後継者が減るのも無理はないかな、という気がしなくもない。日本人の大半は仏教徒だと思うが、仮に教義として「読経必須(カンペなし)」が求められるなら信者数は激減するんじゃなかろうか。

 

貴重な文化遺産だというのはわかるが、不人気な宗教が廃れるのは仕方ないかな、と思う。もっとも、先祖伝来の伝統や習慣の消失という意味なら、日本全国の至るところで進行中の問題の1ケースに過ぎないかな、とも。

 

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