フォト

ブログ内検索

« キラリはいりませんよー +スリラー | トップページ | ドリル »

2014年12月21日 (日)

夜中に名前について考えた

今回はニックネームについてではない。夫婦の闘い1年余、子の命名に道 「天巫ちゃんよかった!」 との記事を読んでなんとも微妙な気分になった、という話で。むしろこの件についてゴチャゴチャ考えていたから、ココログのニックネームについて反応したという流れなのである。

「天巫(あみ)!日本で初めての名前だよ、よかったねえ」。娘の誕生から1年余り、行政相手の命名訴訟の末、人名用漢字にない「巫」の字を戸籍に刻んだ夫婦は勝訴が決まったその夜、静かに祝杯を挙げた。

(中略)

生まれたのは昨年6月8日。隣接する伊勢市の伊勢神宮では20年に1度の式年遷宮が行われていた。神様と人間をつなぐ「巫女」と「天照大神」。思いを込め、1字ずつ取った名を松阪市役所に届けようとしたが、登録を拒否された。
「戸籍が汚れますよ」。役所で聞いた一言が心に火を付けた。名はいったん「未定」としたが、住民票や子ども手当の受給証などはもらえなかった。書くのも読むのも難しくない、何より日本文化に深く根付いた「巫」を使えないのは絶対におかしい―。夫婦は裁判で出生届の受理を求める道を選んだ。

…という経緯らしいのだが、私が感じたのは1年以上も"仮名"で過ごした子供が可哀想ということだった。裁判に勝ったからいいものの、「よかった!」とか言ってる場合じゃない。仮名期間がさらに延長していた可能性だってあるのだ。

 

「巫」をめぐる因縁

そもそも「巫」自体が割といわくつきだ。人名用漢字の新字旧字:「巫」は常用平易か(第1回1回/全5回)「巫」は常用平易か(続編第1回/全6回) を読むと、以前にも「巫空」ちゃん「巫琴」ちゃんで問題になっているらしい。行政の対応もまちまちで、うっかり受理したり、突っぱねたりである。

これまでのケースでは、敗訴により文字の変更(または改名)を余儀なくされた。「戸籍が汚れますよ」との発言はおそらく、その辺りの事情を踏まえてのものだろう。現在の制度上ではむしろ適切な助言、といえなくもない。

まあ「オイオイ、変わった名前付けて余計な仕事増やすなよー」なんて気持ちもあったかもしれないが…

ともあれ今回の裁判の結果、人名用漢字が1文字増える運びとなった。これから名前を付ける方々には朗報、なのだろう。しかし個人的な意見だが、裁判で争うほど良い文字かよ、とも思ってしまう。巫女さんの清楚なイメージだとか緋袴の凛々しさなんかに引き摺られるが、巫術・巫覡とかの巫だぜ。シャーマンとかだぜ、みたいな。巫には男だっているわけだし。

Shaman
credit: Gazza Roonii via FindCC

日本文化に深く根付いた「巫」を使えないのは絶対におかしい、とかいう前に「かんなぎ」でウィキペディアを引く暇ぐらいあるだろ、とも。

巫(かんなぎ 古くは清音でかむなき)は、神の依り代、または神の憑依、またはとの交信をする行為や、その役割を務める人を表す。詳しくは(ふ、かんなぎ)を参照。 南方熊楠は、『巫女(いちこ)に関することども』で、神社に仕える巫女を「かんなぎ」歩き巫女の類を「みこ」とする。 かんなぎ - Wikipedia

どさまわりのみこさん(歩き巫女)が、祈祷から口寄せ(降霊術)や売春に従事していたのは歴史的事実である。だから何だ、といえばそれまでだが、文化とか口にするならその辺りまで踏まえて欲しいような。

 

人名漢字をめぐって

同時に「使用する漢字に制限をかけておけば適切な名前が付けられるだろう」的な現行の法律は既に無意味なんじゃないか、とも思う。DQNネーム(子供の名前@あー勘違い・子供がカワイソ) なんてサイトを覗くと、この世は恐るべき名前で満ちていることに気づく。亜成(アナル)だの大麻だのと付けられた子供はたまったものじゃない。

これを見た後では、天巫ちゃんなど良識的な部類だと思う。

平易な文字でいくらでも命名テロが可能な現状である。読み書きに苦労しないレベルの漢字(巫とか)で行政訴訟が起きる不毛はどうにかしたいような気がする。

 

ユニークさは正義か?

件の記事では「日本で初めての名前だよ」の辺りから既に引っ掛かりを感じる。使用不可の漢字を使うのも、珍奇な名前を選ぶのも案外根は一緒なのかもしれない。「わが子に特別な名前を与えたい」欲求は理解できないわけではない。しかし私は、当の子供にとっては有難迷惑じゃないのかと思うのだ。

子供の未来はどうなるかわからない。だから、例えば政界とか芸能界とかに打って出る場合に、記憶に残りやすい特殊な名前が有利になる、なんて事もあるだろう。だがまあ大概は一般人としての人生を送るわけで。その場合特別な名前はメリットよりはデメリットの方が多いと思う。

ググって個人ブログTwitterのつぶやきなんかがヒットするような状況は、私なら御免こうむりたい。…まあ、そこまで極端な事態にはそうそうならないと思う。でもイジメの原因になったりすることは珍しくないんじゃないか、と考えるのだ。


なんて具合に、名前に過剰反応(?)するのは、私が生後○十年たっても自分の名前に拘っている個人的な事情によるのだが。

別に悪い名前ではない。名前負けするのは自らの不徳の致すところだ。自己紹介なんかするのに心理的抵抗を感じるぐらいには特殊だが、改名を考えるほどじゃない。ただ少なくとも私は、友人に名前で呼ばれたことは、生まれてから一度もない。

両親に恨みはない。しかし、せめて画数はもう少しなんとかならなかったかな、とは思う。これについては"ささやかな"不利益は数えきれないので…

平凡なぐらいの塩梅がちょうどいいと思う。

 

« キラリはいりませんよー +スリラー | トップページ | ドリル »

」カテゴリの記事

時事」カテゴリの記事

コメント

私は、旧姓が珍しい目立つ名前で、面倒な
とこも色々あって、小さい頃から
『早く結婚して変えたい!』と思ってましたよ (^-^;

結婚して、どこにでもいそうな、名前になりましたが、
同窓会で、「名前が珍しいので覚えてて、元気かなぁ?」と
たびたび思い出すとか言われた時は、嬉しかったので、
変わった名前も、いいこともあるのね~と思いましたよ(o^-^o)

> えすぽん
なるほど、珍しい名前で良いこともあるんですね。もっとも、えすぽんさんがご友人とよい関係を築けていた、ということのようでもありますね。

ちなみに私の場合、苗字も割と珍しくて。おまけに戸籍を移す際に先祖(祖父?)が一文字変えたり。そのため親戚なのに苗字が微妙に違ったりします。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 夜中に名前について考えた:

« キラリはいりませんよー +スリラー | トップページ | ドリル »

2024年2月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29    
無料ブログはココログ